江戸東京・伝統野菜研究会

江戸東京・伝統野菜研究会

JA東京中央会で平成元年より江戸東京野菜の復活に取り組み、平成9年には江戸東京農業の説明板50本を都内に設置企画。江戸東京野菜のコンシェルジュを自認。 フードボイス評議員。江戸東京野菜普及推進連絡協議会(築地)顧問。NPOミュゼダグリ理事。「食と農の応援団」(農文協)団員。 野菜の学校(NPO野菜と文化のフォーラム)顧問。フード・マイレージディレクター。 農政ジャーナリストの会会員。FOOD ACTIONNIPPON 推進パートナー。「江戸東京野菜通信」でも情報を発信中。

巨大都市の東京に、江戸東京野菜という歴史と伝統のある野菜があるそうですが?

江戸から始まって明治、大正、昭和、そして現代の平成の時代まで、ずっと庶民の食生活を支え、食文化を育んだ野菜、そして大事なことは東京という日本の中心部で最も人が多く集まっている地域で栽培され続けている固定種の素晴らしい野菜。それが『江戸東京野菜』です。
 現在では、亀戸大根、練馬大根、品川かぶ、寺島なす、馬込半白きゅうりなど、それぞれの土地に名前をつけた約30種類の野菜が栽培されています。

江戸東京野菜の最大の魅力は何ですか?

江戸東京野菜は、形がおもしろいであるとか、市場にほとんど出回っていないので希少性が高いなど、いくつかアピールできるところはあります。しかし私が、敢えて強調したいのは、それぞれの野菜にはさまざまな歴史的ストーリーがあるということです。ストーリーのある野菜って面白くないですか?  歴史と伝統を語れるというのは江戸東京野菜の大きな強みです。

歴史的ストーリーですか?

みなさんも練馬大根という大根の名前を聞かれたことがあると思いますが、この大根は、江戸幕府の五代将軍・徳川綱吉がまだ、地方大名の頃、尾張から大根のタネを取り寄せ練馬の百姓に栽培を命じたとされています。関東ローム層の深い火山灰土等、気候風土に合った大根は1㍍にもなる立派なものです。 当時、冷蔵庫がない時代に長期保存が可能な沢庵漬けにして販売したことから練馬は大根の産地になりました。こういった形で、それぞれの野菜には面白い歴史的ストーリーがあるのです。
高度な品種改良によって生まれた現代の野菜に比べると大きかったり、小さかったり、曲がっていたりと揃いが悪いのですが、季節限定の野菜で旬がわかり、味は個性的で「この野菜を江戸時代の人も食べていたんだ」という驚きであるとか「昔からの伝統を後の世代に伝えたい」などの魅力が、江戸東京野菜には溢れています。

大竹さんは江戸東京・伝統野菜研究会の代表として今後、この伝統野菜をどう広げていこうとお考えですか?

近年、全国的に伝統野菜を見直そうという動きが広がっていますが、我々は20数年前から、江戸東京野菜のタネの保存活動をしてきました。それは、希少植物ともいわれる伝統野菜を通して江戸時代から受け継がれている食文化、すなわち『日本の歴史・文化』を残さなくてはいけないという使命感から行ってきたのです。
甘い消費者好みの野菜を作ることもいいのですが、私としては、生物多様性からも次の世代の人たちに貴重な遺伝資源を引き継ぎ、日本の食文化をしっかり伝える、そして伝統あるものを残すということが重要と考えます。それが、われわれに課せられた使命であると思っています。
消費者のみなさまにはぜひ、江戸時代から続く日本の食文化の担い手でもある江戸東京野菜を応援していただきたいです。

江戸東京・伝統野菜を取り扱う東京野菜カンパニーをどう見ておられますか?

卸売市場は、全国各地の大産地から、ダンボールにキッチリ収まる交配種(F1)の野菜を大量に集めるのは得意ですが、伝統野菜のように、大きかったり曲がったりでダンボールにキチンと収まらない、それが特徴の野菜はどうしても苦手です。
そうした中で、東京産野菜の地産地消にこだわっている東京野菜カンパニーさんは、集荷効率の悪さを補って余りある魅力が江戸東京野菜にはあるとのことで、週3回直接農家に野菜を取りに行き、収穫したての鮮度の良いものをレストランに納品してくださる。これはありがたいことです。
江戸東京野菜にとっては、まさに流通の部分がネックでしたが、東京野菜カンパニーさんのおかげでそれも解決しました。
消費者との接点が出来たのです。これから江戸東京野菜のファンがどんどん増えることを願っています。

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